それは、近いようで遠く、
遠いようで、ふと足をふみ入れてしまいそうな場所。
藍の里(あいのさと)と呼ばれるその地には、
風と水と祈りが、そっと寄りそいながら流れています。
その奥にある「藍の滝」。
しずかに、しずかに流れ落ちるその滝のそばに、
小さな木の祠(ほこら)がひとつ、木々に守られるように建っています。
中にいるのは、小さなお地蔵さま──ふくりん。
ふくりんは、ある人の手によって彫られました。
「どうか、見えない誰かの心が、やわらぎますように」
そんなやさしい願いが、木のぬくもりと一緒に刻まれています。
その願いは、水の流れに乗って、
滝の奥に眠っていた存在のもとへと届きました。
──龍神・大和(やまと)。
水の中で静かに息をするように、
世界のいのちを見守る龍。
ふくりんの想いに気づいた大和は、
風のかたちになって祠の前へ現れました。
そよそよと吹く風のなかで、
ふくりんは、やさしい気配に気づいて顔を上げます。
「ふくりん……」
大和の声は、
水の音にまじって聞こえるような、
やさしくて、あたたかな響きでした。
「ずっとここにいてくれて、ありがとう。
あなたの祈りは、たしかに届いているよ。」
ふくりんは、まんまるな顔をほころばせて、うれしそうにうなずきました。
「……まあ。これは、なんとおやさしきお声……
わたくしの想い、ちゃんと届いていたのでございますね……?」
すると、大和の風がふくりんのまわりをふわりと包みます。
「これからは、祠の中だけじゃなくて、
風の道を歩いてごらん。
ふくりんのぬくもりを、もっと広く伝えてほしい。」
やさしくそっと、そう語りかけたとき──
ふくりんの小さな体が、ぽふぽふ…と動きはじめたのです。
「……あっ。お、おみ足が……ほわほわと、うごいておりまする……!」
「これは……まことに……! そとは、かくもあたたかきものでしたか……!」
はじめて手足がふわっと動いたふくりんは、
うれしそうにくるりとまわり、
ぽふぽふと、小さく跳ねるようにして祠を出ました。
空の光が、枝のすきまから降りそそぎます。
草の声、花の匂い、土のやさしさ。
「そよ風が、こんなにもくすぐったいとは……ふふっ、たのしゅうございまする……」
ふくりんは、胸いっぱいに世界を感じて、
にこにこと笑って立ちつくします。
その様子を、大和は遠くからそっと見守っていました。
声をかけずに、ただ、やさしい風となって──
ふくりんは今も、ぽふぽふと歩いています。
風と草と、やわらかな心にそっと寄り添いながら、
“想いのかたち”を伝えていくために。
ぽふぽふ……ふわ〜ん。
ゆっぽっぽ
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